2019年の振り返り

2019年は娘が障害者になった、忘れられない年となりました。

2月に受験などのストレスにより一カ月にわたって胃を患っていた娘。
ガスターを飲んだところ、めまいが頻発。
本命の受検直前の日曜日にはバトンで個人選手権の地区予選にて初めて準決勝に駒を進めたものの、めまいにより1分30秒の演技すらままならず。。。あと一人で決勝に進めず。

高校は私立1校、公立1校。どちらも合格を頂き、ほっと一安心。

そして3月。フェスティバルにて今年のシニアチームの曲を踊る。この曲がとても激しく、大会メンバーへのエントリーを見送ることに。

4月にはいよいよICDの植え込み。詳細は別日のブログに任せますが、娘は大きな傷も気にせずプールも入り、倒れることを気にせずに行動するようになりました。

8月には初めてのICD作動。これまでと異なり、朝イチではなく、生理前の午後、暗い部屋で立ち上がった瞬間にTdpが生じた模様。左交感神経を切除し、ナドロールの服用を再開してから初めてのTdp。トリガーは起立性低血圧に遷移した様子。

そしてバトンクラブの発表会。ドロップもあったけれど、2部公演の全演目を踊り切る。

9月。昨年までの15歳以下の部門ではなく、OPEN(18歳以上の)部門のシニアチームのサポートとして都道府県大会に。そこで「やっぱり自分も演じたい!」と地区大会からの参戦のためハードな練習に参加。

更に母が骨折で入院し、退院2日後に父親が出て行く。「これで両親の諍いを見ないで済む。この生活、シェアハウスみたいで好き~」と笑う逞しさ。

11月。地区大会での苦しさから、「アブレーションをしてほしい」という思いを強くする。ピルによる月経コントロールの開始。

12月。全国大会を最高のコンディションで臨むための月経コントロールにて無茶をして、学校や自宅で5秒程度のTdpによる意識喪失を頻発。どれも急に立ち上がることで起きる。

バトンでは、全国大会にてOPENの部にて入賞。パラリンピックの開会式にてバトンの演技を披露したい!と、応募することになりました。

学校生活は、好きな子が出現し、両想いと分かり、一緒に登校したり、休日にデートを楽しんだりの青春を謳歌!そして「彼に負けたくない!彼に恥ずかしくない自分でいたい!」と自宅学習にも力を入れ始め、模試では学年上位8%に入りました。

そして大晦日の今日は、のんびりお蕎麦を食べて、紅白を視ながらの年越しです。

ICD植え込みから8カ月以上が経ち、ケロイド体質ながらも傷口はかなり綺麗になってきました。一方でハードな選手生活で体が締まり、ICDの形が皮膚の上からも分かります。

年頃の女の子。好きな子もいる女の子。それでも娘は左鎖骨下を撫でながら「この子のお陰で命拾いしたわ~!ありがとね~!」と目を細めています。

やっぱり娘はすごい!です。尊敬しかありません。

と、親ばかな母で今年も締めくくります(^^)


↓ 傷あと、ICDの形などの画像です。苦手な方はスルーしてくださいね。

QT延長症候群2型の娘のこと

13歳にて遺伝子検査により先天性QT延長症候群の診断がおりた娘の治療や生活について載せています。 致死性不整脈の1つ、突然死の原因となる【先天性QT延長症候群】。 厚生労働省の難病指定から外れましたが、完治することのない病気です。 5歳から始めたバトントワーリングというスポーツでは、選手として活動してきました。 治療により体調や日々の生活に大きな影響があります。 それでも毎日を元気に生きています。

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