ICD埋込術と母の気持ち

娘は、元気いっぱいでよく笑う、多くの人から愛され、学校生活も学業もバトントワーリングの選手としても全てが順調で、意気揚々と日々を生活していました。
しかし、遺伝子検査の結果から、LQT2が発覚し、一瞬の意識喪失の症状があることから、インデラルというβ遮断薬の治療が始まりました。
しかし、このインデラルにはQTを延長させる危険性もあります。服用開始から一週間、顕著な徐脈とともに常にめまいに襲われる日々の娘。調べてみると短い心室頻拍が食事の度に出ていました。

入院して娘に合う薬を探し当てたはずが、治療開始から4ヶ月程が経つ頃から、毎月のように、1分近い心室頻拍により、意識喪失というよりも失禁を伴い、顔面蒼白、目を見開き、口を開け、マネキンのようになる、心肺停止を起こすようになりました。

最初の心肺停止の時から、ICD植え込みは免れないことは、娘も私もどこかで覚悟をしていました。
けれど、
まだ、植え込みはしたくない。
まだ、バトントでやりたいことがある。
そんな娘の気持ちを尊重し、絶対に死なせない!と心に誓い、AEDを購入して常時携行させての24時間の監視体制が始まりました。様々な大病院の著名な医師に診ていただき、何種類もの薬、薬の量の微調整等を行いながら2年近くが経ちました。

「β遮断薬の副作用が辛い、出来れば飲みたくない」という娘の思いに応えるべく、欧米ではβ遮断薬よりも推奨されているのに、日本ではまだまだ認知度が低くなかなか行われていない左交感神経の切除手術を受けました。この手術でQTが短くなる場合もあります。そこに賭けてみました。しかしその期待は外れてしまいました。

それでも神経切除後は、β遮断薬は飲まずに過ごしました。3ヶ月に一度のペースで発作を起こしましたが、バトンの全国大会や高校受験があるため、β遮断薬は服用せず、見守り強化しての日々でした。
中3の冬には、個人戦や受験のストレスで一ヶ月以上も胃炎を患いました。あら、割りと繊細だったのね!と驚く失礼な家族(笑)
そして受験が終わってからβ遮断薬を再開しました。実はβ遮断薬再開後、心室頻拍は起こしていません。
けれど、目標としていた全国大会入賞、志望高校への入学の切符を手にすると、娘は
「高校生になるタイミングだから、ICDを入れる」
という決意を医師に伝えました。
娘は何事にも120%で臨みたいからこそ、植え込みをしたらバトンでトップクラスのチームで選手として演技することは出来ないかもしれない。
10年前、先にバトンをしていた姉に一年掛けて頼み込んで、やっと習い始めることが出来たバトン。
「バトン以外にやりたいことなんてない!」
と断言するくらい、バトンが大好きな娘。
母としてはちょうど10年目の今年にこういうことになるなんて、と、寂しさが止まりません。それでも娘が決断したこと。背中を押すしか出来ませんでした。

結局、春休み中に手術を行うことはできず、入学式の3日後から入院し、埋込術を受けました。
術後、麻酔の効いている娘と対面した時、どんな感情かは解析できないけれど、ただただ、目に涙が溜まりました。流したらダメだ、と、上を向いてやり過ごしました。
医師の説明に明るくハキハキと応じる自分が不思議でしたが、娘が目を覚ました時には、明るく、おバカなことばかり言ういつものお母さんな私でした。

鎖骨下にはひどい傷があり、くしゃみなどして痛みを感じると
「あー!失敗した~!くしゃみの勢いの消し方がわかんないよ~!」
と笑う娘を見ていたら、
「今は強がらせてやらなきゃダメだな。強がりがそのうち本音になるように接していかなきゃだめだよな。」
と心を新たにしました。

術後3日で退院し、翌日には自転車通学再開するような、自分の変化に鈍感な娘ですが、高校生活がとても楽しいようで、退院後、一週間、毎日学校に通いました。
そろそろ腕を動かして良いよ、と言われてから10日余りで、バトンの練習にも参加し始めました。

しかし、このICD埋込術により、娘は障害者になりました。
たった15歳の娘が自分でその選択をしました。

診断書記載の発症日は、「無事に生まれた」と娘の誕生を喜んだその日になっています。先天性なのだから仕方がありませんが、あの日のあの喜びが否定されているようで、この事実は母として粉々に心が砕けました。

それでも娘は日々、楽しそうに学校や趣味の話をしてくれています。それが砕けた心を修復してくれます。

体が思うように動かなくなってからも、バトンはもちろん、応援団、部活、下校時の寄り道、趣味のオタク街道まっしぐら、と、やりたいことを見つけては取り組んで、笑って毎日を過ごしています。

小さい頃は相性が合わなくて、育児が辛くて辛くて手をあげてしまうこともありました。
娘が発症し、まさかこんなに母子密着の2年半を過ごすとは思ってもいませんでした。
私はその頃の自分に教えてあげたいです。
「今は辛いと思うその子と向き合う日々でも、そうできることを愛しく尊く思える日が来るよ。あなたの娘、すごいんだから!」
って。

私は日々、楽しそうに笑って過ごしている娘を改めて尊敬しています。

QT延長症候群2型の娘のこと

13歳にて遺伝子検査により先天性QT延長症候群の診断がおりた娘の治療や生活について載せています。 致死性不整脈の1つ、突然死の原因となる【先天性QT延長症候群】。 厚生労働省の難病指定から外れましたが、完治することのない病気です。 5歳から始めたバトントワーリングというスポーツでは、選手として活動してきました。 治療により体調や日々の生活に大きな影響があります。 それでも毎日を元気に生きています。

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